- 田内 志文
- 2011-02-10 (木)
- 小説
さっさと革ジャンを着てバーを出て行くダレルを、あたしは残ったビールをぜんぶ飲んでから追いかけた。詩集がテーブルの上に置き去りになってて、あたしはそれを自分のリュックにしまった。
アート・センターの入り口を出てベネディクト・ストリートに出ると、もうお店はほとんど閉まってて、開いてるのはパブだけだった。灯りが消えるといつも、街が広くなったような気がして、どっかから聞こえてくる誰かの笑い声や大声も、すごくまっすぐ聞こえてくる。広くなった街を歩くといつも、酔っぱらうと踊るようにしながら歩いた昔の彼氏を思い出す。日本で、新しい彼女を作ったって聞いた。
あたしは、ちょっと酔っぱらってたし、自転車を持ってくのがめんどくさくなって、アート・センターの前につないだままにしてくことにした。
ダレルのフラットは、アート・センターのすぐ近所だった。歩いてたら、拍子抜けするくらいすぐ着いた。古い石造りの建物で、ストリートに面してる部分はちゃんと綺麗なのに、横の壁はまっ黒だった。
「ねえ。なんで横は黒いの?」と、あたしは訊いた。ダレルは、玄関ポーチの鍵穴をガチャガチャやる手を止めて、あたしの方を向いた。
「それな。昔、みんなが暖炉使ってた頃のなごりなんだってさ。煙とすすのせいで、その頃は建物ぜんぶまっ黒だったんだってよ。それを、何十年だか前に掃除したらしいんだけど、手を抜いたんだろうな。正面だけ洗ったんだ」
「へー」
あたしが満足して空を見てたら「おいで」とダレルが玄関ポーチのドアを開いたまま押さえながら呼んだ。あたしは彼について、フラットの中に入った。フラットの中は、なんだか普通の家みたいで、あたしが住んでるとことはずいぶん違った。壁とかはぜんぶ白くて、カーペットは薄いブルーだった。あたしたちはギシギシ鳴る階段を上がって二階に上った。二階には部屋がひとつしかなくて、そこがダレルの部屋だった。ダレルは鍵を回してドアを開くと「どうぞ」とだけ言って入って行って、灯りをつけた。
部屋は思ったよりも広くて、深い赤のカーペットが敷いてあった。いちばん奥のほうに壁にくっつけるみたいに机が置いてあって、パソコンとプリンターが乗せてあった。机の横には、廊下のカーペットと同じような色をしたシーツのベッドがあった。部屋はけっこう片付いてたけど、あちこちに本が散らばってた。ドアの横にある本棚には、びっしりと本が並んでた。
「適当に、ベッドにでも座っててくれよ」とダレルが言ったから、あたしはベッドに座った。そうすると、ちょうど目の前にテレビがきた。
「あんまり明るいと落ち着かないんだ」ダレルはそう言うと、机の横に立ってる背の高いスタンドのスイッチをひねって、部屋の電気を消した。天井の白色灯が消えてスタンドの弱い光だけになると、部屋はまるで違って見えた。特に、部屋の隅のほうはすごく暗くなった。あたしは楽しくなって部屋中を見回した。壁のあちこちに汚れがついてるのが分かった。天井を見たら、スタンドの傘の形に丸く照らされてて、なんだか懐中電灯で照らしてるみたいだった。
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