プリンセス

  • 田内 志文
  • 2011-02-10 (木)
  • 小説

7、

 あれからすっかり、あたしはプリンセスに寄らなくなった。行ったらそこにダレルの死体があるような気もしたし、ダレルが笑ってるような気もした。でも、そのどっちを見るのもなんとなく怖かったから。

 だけど、今日はひさしぶりに顔を出してみた。明日、あたしは日本に帰らなくちゃいけないから。タマラはあたしの顔を見てびっくりもしなかったし、ひさしぶりだとも言わなかったし、いきなり来た理由も訊かなかった。ただ嬉しそうにして、一年前と同じ顔で笑いながら、一年前と同じ言いかたで「ジューン!」と言った。あたしはお店にくるまでずっとなんて言えばいいのか考えてたから、拍子抜けしてしまった。

 ダレルは、タマラとはお互いになにも干渉しないから一緒にいやすいんだと言ってた。あたしはなんか、その気持ちが分かったような気になった。ダレルのことを考えたら、目が自然とタマラの絵のほうに向いた。一年前に画鋲でとめられてた絵は、どっかから拾って来たっぽい木の額に飾られてた。絵の二倍くらい額が大きくて、なんだかおかしかった。

「明日、日本に帰るの」と、あたしは言った。

「そうなのー? げーんーきーでーねー」と、彼女は言った。それから例の笑顔でにったーと笑うと、タマラのまっ赤な唇とまっ白い歯が周りの風景をぜんぶ打ち消してしまったみたいに感じた。

 あたしはタマラとハグして、いつもの調子でバイバイした。彼女は「また遊びにきてね」とも「手紙ちょうだいね」とも言わなかった。なんだか、あたしまでこのストリートの住人の仲間入りをしてしまったようで、ちょっとくすぐったかった。ずっと感じてた胸のつかえが取れたような気分で空を見上げたら、風がどこから吹いてくるのか分かるような気がした。

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