プリンセス

  • 田内 志文
  • 2011-02-10 (木)
  • 小説

 お客さんの代わりにいつもお店にいるのは、ダレルとジョン。あとふたりいるんだけど、名前はちゃんと知らない。道路工事現場にいる人が着てる黄色い蛍光のジャケットを着た人がひとり。多分、本当に道路工事の人なんだと思う。あと、ぼろぼろの格好をした白髪のおじいさんがひとり。彼のはげ具合が、あたしはけっこう好き。どうやらタマラには、おじいさんたちを惹きつけるなにかがあるみたい。いちど、それがなんだかジョンに訊いてみたら「若い女の子には絶対に分からないよ」と言われた。

 ダレルは詩人で、普段はノーリッチにあるアート・センターで詩を教えてる。ちゃんと詩集を出したことはないみたいだけど、アメリカやイギリスで、ちらほらと少しずつ、雑誌やアンソロジーには載ったりするらしい。詩のほかにも絵を描いてて、プリンセスにも、タマラを描いた絵が画鋲でとめて飾られてある。

 彼はもう五十歳はたぶん超えてて、関根勤に顔がちょっと似てる。唇だけを微妙に動かしながら喋るせいで、あたしにはいまいち英語が聞き取りづらい。

 ジョンは、昔はノーリッチにある語学学校で英語を教えてたっていうけど、今はなにをやってるのか知らない。聞き間違いじゃなければ、無職で年金暮らしと言ってた気がする。でっぷりとしてて、いつもよれよれのスーツを着てる。みんながよく分からない英語で話すのに、ジョンの英語だけはすごく分かりやすい。だからあたしは最初彼とよく話してたんだけど、みんなはジョンの英語を「気取ってる」って言う。いつも自分が教えてた生徒や学校の話をしてて、道路工事の人の隣には座ろうとしない。あと、タマラが忙しそうにしてると、お店の中を覗いて素通りして行くこともある。彼はタマラのお店に集まってくる人たちにずっと「僕は日本語ができるんだ」と言ってたみたいだけど、あたしが仲間に加わったせいで、そのメッキがすっかり剥がれてしまった。

 プリンセスに集まる人たちの平均年齢は高い。詳しく調べたわけじゃないけど、四五歳は堅い線だとあたしは思う。二三歳のあたしが加わって、ちょっとは下がったかも知れないけど。でもまあ、あたしもそうしょっちゅう行くわけじゃない。なにしろ、ちょっと怖いから。

 タマラ、ダレル、ジョン。この三人は、とても妙な関係。

 まず、タマラとダレルはお互いに認める親友同士で、ほんとによく一緒にいる。アート・センターのバーでも、プリンセスでも、いつもすっごく楽しそうにしながらふたりで喋ってる。

 それが気に入らないのがジョン。彼はプリンセスの面々の誰からも好かれていない。悪い人じゃないのはみんな知ってるのだけど。聞いた話だと、酔っぱらってダレルを殴ったことがあるらしい。ずっとダレルに嫉妬してるんだって。

 彼はタマラのことが好きで好きで仕方がない。だから、いつもタマラに付きまとってる。彼女のフラットのすぐ下にまで追いかけてって、何回もパトカーを呼ばれた。ノーリッチ警察署には、タマラ担当の警察官までいるのだそう。

 みんなジョンを怖がってる。だから、できるだけニコニコして、刺激しないようにしてる。「中年の狂気」という言葉が、彼の話になるとよく出てくる。たぶんみんなは、ジョンは本当はタマラが好きなわけじゃなくて、寂しがってるだけだって思ってる。あたしもそう思う。とか、あたしは軽々しく思うけど、ジョンくらいの歳になると──たぶん六十は過ぎてる──きっと、あたしなんかよりもっともっと寂しくなるのかも知れない。

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