木彫りのチャック

  • 田内 志文
  • 2010-03-24 (水)
  • 小説

15、

 突然ほら穴の中を照らし出したまばゆい光に、夫婦は思わず腕で目を覆った。チャックの胴体が燃え始めるやいなや、そこから蒼白い光が湧き出してほら穴の中を包み込んでしまったのである。それは、チャックの中にしみこんだ、あの日の満月の光であった。光は、チャックの記憶や気持ちを引き連れて、ほら穴の中をゆっくりと回り、夫婦を包み込んでゆく。

 月光はふたりを包み込むと、その体の中にまでそっとしみこんできた。ノリスが日々チャックに話して聞かせたつらい気持ち、楽しい夢、忘れたくない思い出、そしてチャックが彼女にかけたいと思い続けていた言葉の数々と、温かい感情……。自分たちには思いも寄らなかった娘の姿、そして彼女を思いやるチャックの切なさと優しさを感じ、夫婦は狼狽した。この人形は、本当にノリスの友だちだったのだ。チャックがやって来たのは、娘を守ろうとしてくれていたからなのである。

 すっかり暗くなったほら穴の中で、夫婦は地面に崩れ落ちるようにして支え合っていた。目の前の地面では、まだチャックの体が音を立ててくすぶっていた。ふたりはほら穴の前に穴を掘ると、燃え残ったチャックの体をそこに埋め、せめてもの祈りを捧げると自宅への道を引き返していった。

 家に戻ると、ふたりはリビングのテーブルにかけて話し合った。灯りをつけるような気にはならなかった。窓から漏れ込んでくる外の灯りだけを頼りに、ふたりは互いを見つめ合い、今までのことを話した。夫は、自分に家族をじゅうぶんかえりみてこなかったのではないかという反省があるということを話し、妻は、自分が退屈しているがために娘を出汁に使い引っ越そうとしていたことを話した。そして、お互いと、ノリスと暮らす生活というのがどれほど尊く失いがたいものであるのかを、確認し合ったのだった。話し終わったふたりは、そっとノリスを起こさないように寝室に入ると、すやすやと寝息を立てている彼女の両側に潜り込み、眠りに就いたのだった。

 夫婦は翌朝目を覚ますと、まだ眠っているノリスをそっと揺り起こした。三人揃って一日を始めるのはどれくらい振りになるだろう。夫婦は、また新たに自分たちの生活が始まり直したかのような、そんな新鮮な気持ちを感じていた。チャックには申し訳ないことをしてしまったが、仕方のないことだった。自分たちにせめてできることは、これからちゃんとまっすぐにノリスを、そしてお互いを愛し、温かい気持ちを注いでゆくことしかないだろう。

 しかし、体を起こす娘を見て、ふたりは思わず目を見合わせずにはいられなかった。彼女が体を動かすたびに、ぎしぎしと軋む音がするのである。ふたりとも、その音には聞き覚えがあった。忘れようもない。

 えっちらおっちらとした足取りで寝室を出て行こうとする娘を見つめながら、夫は「今日は仕事を休んでみんなで教会に行こう」と心に決めた。

 なにはともあれ、一家は今日から新しい生活を始めるのである。

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