Articles - 小説

ネイル・ハート

  • 田内 志文
  • 2010-04-14 (水)
  • 小説

1、

 東の町に、ルーパス・ハートとアイーダ・ハートという夫婦が住んでいる。

 今年で四十歳になるルーパスは、高速道路の料金所で働いている。来る日も来る日も、自分のブースの前に並んだ長い長い車の列を眺めながら、料金を受け取り、釣り銭とレシートを渡しながら日々を送っている。ときどき、妙に気分がやさぐれ、幼いころに家を出て行った父親のことが頭から離れないような日には、ドライバーがちょっと窓口から離れたところに停車しただけで、その窓ガラスを叩き割ってやりたいほどに気が立つ日もある。だが、思いがけずドライバーから「お疲れさま」だとか「ご苦労さま」だとか声をかけられると、とても人なつこい笑顔で「気をつけて」とほほえみ返すのだった。

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木彫りのチャック

  • 田内 志文
  • 2010-03-24 (水)
  • 小説

1、

 午後をとおしての薪割りを終えると、エブドン爺さんは背中をドシドシと叩きながら、小屋へと引き返してきた。今日はなかなか仕事がはかどった。この分ならば冬が訪れてあたりが雪景色に覆われてしまう前に、町に売りに行く分と自分が使う分の薪が、すっかり用意できるにちがいない。どうやら今年も無事に年が越せそうである。

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エメルージュの飛行船

  • 田内 志文
  • 2010-03-03 (水)
  • 小説

1、

 このエメルージュの町には年に一回、巨大な飛行船がやってくる。飛行船は、黄土色をしたその巨体を誇るかのように、ゆっくりと、威厳を漂わせながら、町の上を横切ってゆく。来るのはいつも決まって初夏のころのことだ。

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怒り冷めやらぬグレゴリー氏

  • 田内 志文
  • 2010-02-17 (水)
  • 小説

1、

 二十五歳になるグレゴリー氏は、たっぷり千回は寝返りを打ったような気分になりながら、それでもまだ寝返りを打ち続けていた。電気を消してベッドに潜り込んでから、もうかれこれ二時間ほどが経つ。明日も早くから会社に行かなくてはならないというのに、どうにも眠れないのである。最近はそんな夜ばかりが続いている。

 腹が立つことに、眠れずにいるうちにだんだんと頭が冴えてくる。何時ごろなのかふと確かめてみたくなったが、携帯電話の画面の灯りで決定的に目が覚めてしまうような気がして、さっきからそれを我慢し続けている。しかし我慢すればするほど、今何時なのかますます気になってくるのがなんともたちが悪い。

 グレゴリー氏は、また寝返りを打った。

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カタツムリのローデンワイゼン

  • 田内 志文
  • 2010-02-06 (土)
  • 小説

1、

 目が覚めると二十九歳で人間の男性であるはずのカイナは、一匹のカタツムリになり、桑の葉の陰にひっついてまどろんでいるところだった。

 夢でも見ているのだろうか、とカイナは胸の中で言う。まだ頭が寝ぼけているのか、取り乱すところまで意識が及ばない。カイナは何か分かりはしないかと、桑の葉から立ち上る青臭い匂いを嗅ぐともなしに嗅ぎながら、目玉をぐるぐると動かして周囲を見回した。

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