Articles - 田内志文

一本橋ララバイ

1、

 目の前にはまっすぐに伸びてゆく道がある。俺はその手前で止まったまま、じっと手に汗をかいている。心が震える。肩がいかる。分かっている。行かなくちゃいけないのは分かっている。この道を抜けなければ、俺に未来はない。たかだか十秒の道のり。なんてことはない。何回だって俺は通り抜けてきた。また一回、同じことをすればいいだけだ。

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暁の獣と夜明けのヴァイオリン

1、

 ずっとずっと昔、まだ僕が生まれるよりもだいぶ前のこと。一度だけ世界じゅうどこにも朝がこなかった日がありました。そんな馬鹿なと思うでしょうが、これは本当の話。しかもその日は、世界のあちこちの街という街で、それは大きな流れ星が見えた日でもあるのです。これは僕が小さかったころ、まだ元気だったおばあさんから聞いたお話。君が昨日の夜に流れ星を見たと大はしゃぎしてたので、久しぶりに思い出しました。

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ネイル・ハート

1、

 東の町に、ルーパス・ハートとアイーダ・ハートという夫婦が住んでいる。

 今年で四十歳になるルーパスは、高速道路の料金所で働いている。来る日も来る日も、自分のブースの前に並んだ長い長い車の列を眺めながら、料金を受け取り、釣り銭とレシートを渡しながら日々を送っている。ときどき、妙に気分がやさぐれ、幼いころに家を出て行った父親のことが頭から離れないような日には、ドライバーがちょっと窓口から離れたところに停車しただけで、その窓ガラスを叩き割ってやりたいほどに気が立つ日もある。だが、思いがけずドライバーから「お疲れさま」だとか「ご苦労さま」だとか声をかけられると、とても人なつこい笑顔で「気をつけて」とほほえみ返すのだった。

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木彫りのチャック

1、

 午後をとおしての薪割りを終えると、エブドン爺さんは背中をドシドシと叩きながら、小屋へと引き返してきた。今日はなかなか仕事がはかどった。この分ならば冬が訪れてあたりが雪景色に覆われてしまう前に、町に売りに行く分と自分が使う分の薪が、すっかり用意できるにちがいない。どうやら今年も無事に年が越せそうである。

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エメルージュの飛行船

1、

 このエメルージュの町には年に一回、巨大な飛行船がやってくる。飛行船は、黄土色をしたその巨体を誇るかのように、ゆっくりと、威厳を漂わせながら、町の上を横切ってゆく。来るのはいつも決まって初夏のころのことだ。

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