e-literature

一本橋ララバイ

  • 田内 志文
  • 2010-07-07 (水)
  • 小説

1、

 目の前にはまっすぐに伸びてゆく道がある。俺はその手前で止まったまま、じっと手に汗をかいている。心が震える。肩がいかる。分かっている。行かなくちゃいけないのは分かっている。この道を抜けなければ、俺に未来はない。たかだか十秒の道のり。なんてことはない。何回だって俺は通り抜けてきた。また一回、同じことをすればいいだけだ。

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暁の獣と夜明けのヴァイオリン

  • 田内 志文
  • 2010-05-24 (月)
  • 小説

1、

 ずっとずっと昔、まだ僕が生まれるよりもだいぶ前のこと。一度だけ世界じゅうどこにも朝がこなかった日がありました。そんな馬鹿なと思うでしょうが、これは本当の話。しかもその日は、世界のあちこちの街という街で、それは大きな流れ星が見えた日でもあるのです。これは僕が小さかったころ、まだ元気だったおばあさんから聞いたお話。君が昨日の夜に流れ星を見たと大はしゃぎしてたので、久しぶりに思い出しました。

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つまみ屋五郎兵衛 「好」の巻、その2

「ゲテモノって・・・そういう言い方はないだろう、マイちゃん」
 坂本さんはゲソが挟めそうなぐらい鼻にしわを寄せてみせた。
「だって、食べたことないし」
 マイちゃんは下を向き、肩をすぼめている。
「お父さんは酒を飲まなかったのか? イカの塩辛だってワタで作るんだからさ」

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つまみ屋五郎兵衛 「好」の巻、その1

  • 明川 哲也
  • 2010-05-07 (金)
  • 小説

 酔った挙げ句に吐く者がいる。
 そうした酔客を初めて見かけた頃、五郎兵衛は自分の目を疑った。

 食うだけ食い、飲むだけ飲み、平気でそれを路面にぶちまける。地雷とともに飢餓も蔓延していたカンボジアから来た身には、とうてい考えられないことであった。

 エチケット以前の問題だとも思えたし、歴史は繰り返すという意味で感じるところもあった。ローマ帝国が滅亡に向けて峠から転がり始めた時、慢心の果てに貴族がやっていたことを、日本ではビジネスマンがやっていた。

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ネイル・ハート

  • 田内 志文
  • 2010-04-14 (水)
  • 小説

1、

 東の町に、ルーパス・ハートとアイーダ・ハートという夫婦が住んでいる。

 今年で四十歳になるルーパスは、高速道路の料金所で働いている。来る日も来る日も、自分のブースの前に並んだ長い長い車の列を眺めながら、料金を受け取り、釣り銭とレシートを渡しながら日々を送っている。ときどき、妙に気分がやさぐれ、幼いころに家を出て行った父親のことが頭から離れないような日には、ドライバーがちょっと窓口から離れたところに停車しただけで、その窓ガラスを叩き割ってやりたいほどに気が立つ日もある。だが、思いがけずドライバーから「お疲れさま」だとか「ご苦労さま」だとか声をかけられると、とても人なつこい笑顔で「気をつけて」とほほえみ返すのだった。

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